日本書紀、播磨風土記に記された2皇子の古代ロマンの物語の地。菜の花が咲く頃はひかり藻の作用で水が金色に光ることから「窟屋の金水」とも呼ばれている
志染小学校の西、窟屋大橋を渡って左の小道に入り、山の東裾を奥に進むとひっそりとした木立の中に、「志染の石室」と呼ばれる岩穴があります。
この「志染の石室」には仁賢天皇、顕宗天皇となった二王子の伝説が古くから伝わり、「日本書紀」や「播磨国風土記」にも記されています。
それは、今から約1,600年前、第20代の安康天皇が亡くなったあと、皇位をめぐる争いが起こり、この争いから逃れた市辺押磐皇子(いちのべのおしわのみこ)の二人の王子、億計(オケ)王子と弘計(ヲケ)王子が隠れ住み、のちに弟の弘計王子が顕宗天皇に、兄の億計王子が仁賢天皇になられたと伝えられています。
-2-1024x682.jpg)
-5-1-1024x682.jpg)
-7-1024x682.jpg)
-8-1024x682.jpg)
-13-1024x682.jpg)
-14-1024x682.jpg)