天正9年、三木城落城の翌年に別所氏の家臣であった加古弥七郎秀久が出家して創建したのが、本門法華宗の本長寺です。
三木合戦で出城を守った秀久の武勇を認めたのが敵将羽柴秀吉で、落城後に家臣になることを勧めますが、それを断ったので、大西の姓と身に付けていた母衣(ほろ)を与えます。この秀吉の母衣は寺宝になっています。
その分家の子孫が三木町義民のひとり大西与三右衛門で、境内に顕彰碑があります。戦後、義民祭を催すことになり、7月18日に本要寺で行われる夏の義民祭と、12月8日に本長寺で行われる冬の義民祭と2本立てで行うことになりました。
本長寺へは、お薦めの観光モデルコースもご利用ください。
● A-3コース
車でまわる、おもいっきり三木合戦