天武天皇の白鳳2年(674)に長屋村の産土神として勧請された古い歴史をもち、室町時代に現在の旧三木町の上5ヶ町も氏子になっています。
この神社の裏手は志染川と美嚢川の合流点の近くで、大きな岩盤と渕があったため岩壺神社の名がつけられました。
鳥居をくぐった参道は玉垣と杉木立ちにはさまれて暗く、通り抜けると境内がパッと明るく開ける感じですが、秋まつりの屋台7基も、参道を練りながら境内に入っていきます。境内脇の木陰で、屋台の担ぎ手と家族が町内ごとに食事を楽しむ家族的な雰囲気のあるまつりで、子供の奉納相撲や浦安の舞も楽しめる行事です。