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加古川一三田線県道の志染町大谷口で右に折れて窟屋(いわや)大橋を渡ったところから農道で左へ600mも歩くと、木々の生い繁った谷間の細い坂道をおりることになります。この下、わずかな広場がありますが、昼なお暗いといった場所です。岩場が頭の上にのしかかるようで、その下に水たまりのある窪みがあって玉垣に囲まれた小さな祠が建っています。
「史跡 志染の石室兵庫県」と彫られた石碑が立っていますが、ここが父市辺押盤皇子(いちべおしわのみこ)が大泊瀬(おおはつせ)皇子(後の雄略天皇)に殺され、都を逃げのびた億計(おけ)、弘計(をけ)二皇子が隠れたところと伝えられています。のちに弟の弘計が23代顕宗天皇、兄の億計が24代仁賢天皇となられました。
この石室は、ひかり藻の作用で、菜の花の咲く頃には洞穴の溜り水が黄金色に輝き「窟屋の金水」として知られていましたが、40年ほど前から姿を消していました。死滅したと思われていたひかり藻が、平成14年春に突如光り出したのです。
山の手入れをせず、うっそうと木々が茂ってしまったため、二皇子伝説としてはふさわしい場所となっていたのですが、三木総合防災公園造成で、周辺の木々を伐って整備をしたところ光が差しこみ、春になって浮き上ってきたひかり藻が"金水現象''を復活させたのです。全国的にも珍しい金水は毎年春には人気を集めることでしょう。 |